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zoom RSS 短編小説【ご自愛ください】

<<   作成日時 : 2014/11/28 12:47   >>

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ある卑屈な女性の話。

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【ご自愛ください】



 幼い頃、わたしは「ブス」側の人間だった。

 小学校五年生の頃、授業参観日。わたしは、周りのおかあさんよりも若くて美しい自分のおかあさんが後ろの壁際に並んでいるのを、誇らしげに思っていた。
「あれ、誰のおかあさん? きれーい!」
「柳原さんのおかあさんだよ!」
 そんなひそひそ声が聞こえてくる度に、鼻高々だった。

 そんなわたしの安っぽい薄っぺらなプライドを、見事に打ち壊してくれた男子がいた。隣の席に座っていた、村山君である。
「ねえ、あのきれいなおかあさん、柳原さんのおかあさんなの?」
 彼もまた、ひそひそ声でわたしに耳打ちしてきた。
「そうだよ!」
 わたしもひそひそ声で、しかしはっきりと、自信に満ち溢れた表情で答える。しかしその返答は、わたしの思いも寄らぬものだった。
「ふ〜ん。おかあさんはきれいなのに、柳原さんは……」
 そこで、チャイムが鳴った。担任の先生が入ってくる。起立、礼。着席。
 再び腰を下ろしたわたしの顔に、きっともう先ほどまでの輝きはなかっただろう。

 おかあさんはきれいなのに、あなたは。

 要するに、「ブス」だと言われたのだ。思えばこれが、生まれて初めて、男性に「ブス」と言われた瞬間だったのかも知れない。

「あなたはブス側の人間なのだ」と位置づけられた、小学五年生の秋。


 それから10年ほどもした頃、わたしはいつの間にか、「ブス側の人間」ではなくなっていた。「かわいい」「美人」だとよく言われるようになった。
 合コンの席では「かわいいからどうせ彼氏いるんでしょ、よくこういうとこ来るよね」と意味の分からない罵倒を受けた。その頃、前の彼氏と別れてから既に2年が経過していた。

 確かに、自分なりにいろいろ努力はした。眼鏡はコンタクトに変えたし、髪にはストレートパーマをあてたし、高い金を出して「女子力がアップする」と言われる通販グッズを買いまくったし。

 それでもわたしは「あなたは見た目が美しい」と言われる事に抵抗があったし、また、それを自分で認めるのにも抵抗があった。「私って綺麗でしょ」という顔をして歩いている女が鼻持ちならなくて嫌いだ、あんな風には生きたくない、謙虚にいたいものだ、という気持ちもあったが、それとは別に理由があった。

 日本はブスに優しく、美人に厳しいからだ。

 古今東西、あらゆる物語や諺などの中で、美人は蔑まれている。
「美人薄命」「美人は3日で飽きるがブスは3日で慣れる」「美人は性格が悪い」。長生きできなくてすぐ飽きられて性格も悪い、それが「美人」という生き物だ。
 女性誌や女性用ネットニュースはこぞって「一重でもかわいくなれる!」「ブスでも幸せになれる!」「ブスでもこんな素敵な結婚ができる!」と大騒ぎしている。

 わたしが好きな「美人が主役の映画や小説」で、美人が幸福に終わっているものは少ない。恋人に捨てられたり、刑務所に入れられたり、スピリチュアル方面に行ってなんだかよく分からない感じになったり、しまいには殺されたり、エトセトラ。
 海外の作品は、あまり読んだり見たりしないのでよく知らない。もしかしたら、海外は美人に優しいのだろうか。それとも、世界共通で、ブスに優しく美人に厳しいのだろうか。

「わたしってブスだしデブだし」という女性に限って、すぐに彼氏を作るし、何なら結婚する気がする。わたしは29歳。あと1ヶ月で、30の大台に突入する。
 結婚が全てとか幸福に繋がるとか言う気はないが、わたしは、仕事に幸福が見出せない。これといった趣味もない。ただ、洗濯と料理と子供は好きだ。だからもう、自分が幸せになる方法は結婚と出産しかないと真剣に思っている。

 あ、これといった趣味はないと言ったものの、好きなものはある。
 昔の漫画やアニメを見ること。ただし「昔の」なので、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちともまったく気が合わない。最近の漫画やアニメの話をされてもついていけないからだ。わたしが知っているオタクの人たちは、昔の作品ももちろん見るが、最近のものにも詳しい。
 じゃあだからと言ってまったくオタクでない人と付き合ってみたが、1週間でふられた。なんか空気が合わなかったらしい。わたしをふってから1年の間で、その人は2人彼女が変わったらしい。わたしは依然独りだ。

 よく行くバーのマスターには「美人でもオタクは彼氏できにくいぞう」と言われた。何なんだろう。オタクなのが悪いのだろうか。
 わたしの昔からの知り合いの友人は、男も女も、皆オタクの伴侶と結婚した。それならやはりわたしもオタクと付き合うべきだろうかと思ってみたが、まったく上手くいかない。その度に思う。「やはり、美人は不幸になるのだ」と。
 わたしは相変わらず自分がブス側の人間だと思うが(笑うと歯が出るし、変な顔で写っている写真がほとんどだし、恋人はすぐ途切れるし)、周囲の人間が外見を褒めるということは、世間的には「美人側の人間」という事なのだろう。
 ああ、嫌だ。美人は嫌だ。不幸になる。わたしはブスがいい。

 わたしは自分の名前も嫌いだ。「幸恵」。幸せに恵まれて欲しい、という理由で両親がつけてくれた名前だ。テレビで漢字に詳しい芸能人が言っていたが、「幸」という字は、わたしたちが思っている「幸福」とはかなり違うらしい。
 おおざっぱに言うと、沢山ひどい目に遭っている人の中で、自分の受けている仕打ちはあいつよりもマシだ、という様子が文字になったのが、「幸」。自分も不幸だけど、あいつの方がもっと不幸だ、自分はこのくらいで良かったなあ、というレベルの低い感じの「幸福」だ。何なんだそれは。きっと両親はそこまで知らなかったのだろうけど、そんな字が自分の名前に入っている事を知って、わたしはショックを受けた。

 その後、有名な小説の中で、「死ぬまで愛人として生きてきた女性」の名前が「幸恵」だったと知って、二重にショックを受けた。他人の不幸を見て自分はマシだと感じる「幸」に恵まれる「幸恵」。死ぬまで愛人の「幸恵」。わたしはやっぱり自分の望む幸せは手に入らないのだ、と思った。確かに何回か、「浮気相手」になった事もある。ああ、死ぬまで、わたしは誰かの愛人で居続けるのか。そういえばドラマに出てくる「愛人」も、大体が「世間的に美人と称される人」である。

 芸能界では、美女と美男が結婚したと今日も騒いでいる。何なんだ。美人でも幸せになれるのか。芸能界に入れば良かったのか。今更、芸能界を目指す? どうやって? こんな片田舎で? そういえば、「田舎では美人は浮く」と言われたこともある。何なんだ。都会に行けばわたしはモテモテなのか。ちなみに東京にも何回か行ったことはあるが、自称バンドマンの男とか、クスリがキマッてると噂のバンドマンとか、昔有名なバンドにいたというバンドマンからしか声をかけられた事がない。みんなバンドマンじゃないか!


「幸せになりたい……恋がしたい……」
「また言ってる」
 わたしはかれこれ5年くらいの付き合いになる友人、美優の家でダイニングテーブルに突っ伏してひたすら溜め息を吐いていた。彼女は「かわいい」と称される人間だが、結婚して子供ができた。離婚はしてしまったが、一回でも結婚できたのだし、かわいい子供も居るんだからいいじゃないか。お世辞ではなく、彼女の子供は本当に顔がかわいい。わたしはまだ5歳の彼女に真剣なまなざしで言う。「顔がかわいいと思って調子に乗ってるとロクな事がないからね」と。

 ちなみに彼女の名前に入っている「優」も、わたしの「幸」をこき下ろした芸能人が「いい意味ではない」と言っていた。「人が憂鬱なさまを表している」漢字とか言ってた気がする。わたしは自分の名前の意味ついでに美優にもその話をしたのだが、彼女は明るく笑って
「それでもあたし、この名前が好きだよ! みゆってかわいいじゃん」
 と言ってのけた。スゴイ! 力強い! わたしにもそのパワフルさが欲しい。

「幸恵ちゃんはさぁ、自分のこと嫌いでしょ。だから上手くいかないんだよ」
「そんなこと言われたって、こんな女のこと好きになれないよ! わたしは自分みたいな女が目の前に出てきたら、鈍器で頭を殴って殺してやりたくなると思う」
「何でよー! 顔は美人だし、料理もできるし、あたしの知らない世界のこともいっぱい知ってるし、いいじゃん! いいとこいっぱいあるじゃん!」
「美人は幸せになれないの!! 美優は『ふつうにかわいい』からいいんじゃん! 旦那さんと別れても、また新しく彼氏ができてるし! わたしは誰かの浮気相手だった時期を除いたら、もう6年もずっと独りだよ!」
「こないだ彼氏いたじゃん」
「一週間しか付き合ってない人はカウントしたくありません」
「めんどくさー! 幸恵ちゃんってほんとめんどくさい子だよね! でもあたしはそこが面白くて好きだけど♪」
「ぜんぜんフォローになってない!」
 めんどくさい。確かに、自分でもひしひし思う。わたしはめんどくさい女だ。そして、そのめんどくさい所がいい、とも言われる。しかしその「めんどくささ」が、男が逃げていく理由でもあると思っている。

「そういやこないださあ、珍しく本を読んだんだよ」
 美優が本を読むのは珍しい。特に活字の本。いつも少年漫画か少女漫画しか読まないのに。
「そこに書いてあったよ。自分のこと好きになれない人は、いつも心がぽっかり空洞になってるんだって。だから他人に、その空洞に愛をいっぱい詰めてほしいと思うの。そういう気持ちでいるから、求め過ぎたり、自分の思った通りに相手が愛を詰め込んでくれないと、相手に対する怒りがわいてくるんだってさ」
「………………」
「幸恵ちゃんはいっつも否定するけど、あたしは本当に幸恵ちゃんが好きだよ。あたしあんまり女の人って好きじゃないから、友だち全然いないけど、幸恵ちゃんはホントにあたしのいい友達だと思ってるよ」
「……ありがとう。美優はホントにいい子だね。そりゃわたしと違って結婚できるわ〜…」
 また机に突っ伏したわたしの頭を、美優がぺしっと叩いた。
「何で自分が褒められてる時に、相手と比べてまた自分を低くするの! そういうとこだよ!」
 もうっと言われたので変顔で謝ったら、美優は爆笑して「やっぱりおもしろい!」と言ってくれた。


 わたしにも分かっている。自分を好きになること、が如何に大事か。
 美優がキラキラ輝いて見えるのは、きっと、彼女は自分のことが心底好きだからだ。だから他人に心から「ありがとう!」と言えるし、他人のことも褒められる。ついでに、結婚もできるし出産もできる。離婚はしたけど、この片田舎では、「一回も結婚できない女」よりも「バツイチ」の方が評価が上なのだ。何故かって? 一度でも、「結婚したい」と思わせるほど誰かに見初められた、認められた、という証拠だから。
 わたしは誰にも認められていない。それは、美優の言う通り、自分が自分を一番認めていないからかも知れない。

 帰りに本屋に寄った。時々、こうしてふらっと本屋に来ると、何故か「本に呼ばれる」ことがある。昔から知っている大好きな作家(でもチェックはしていない)の新刊が出ていたり、名前も知らない作家の本をタイトルだけで気に入って買うと、ものすごく大切な本のひとつになったりするのだ。

 そして、今日も、本に呼ばれた。

「この表紙の女性の顔、いいな」
 美しい横顔の女性が表紙の、ハードカバーだった。ピンと来るものはいいものだ、と経験上知っている。手持ちのお金はギリギリその本を買える程度だったが、迷わず買った。帰ってすぐ読みたかったが、なんとなく、落ち着いた状態で読んだ方がいい気がして、食事も入浴も全部済ませ、布団の中に入ってからページを開いた。

 エッセイというか、自伝的な本だった。結婚した旦那さんに浮気されて逃げられて、その時初めて「自分が自分を嫌いなこと」に向き合ったと書いてあった。
 最初は、その旦那さんに戻ってきてほしくて自分磨きを始めたけど、だんだん目的はそこじゃなくなって、日々、自分が自分を好きになっていくのが楽しくなって、結局再婚して、今はとても幸せだという。
 わたしは今わたしのことをこんなにも嫌いなのに、「好きになっていく過程が楽しい」なんて思えるのだろうか。半信半疑でページをめくっていって、気づいたらのめりこんでいて、更に気づいた時には号泣していた。

「もう、自分のことを、見捨てないであげてください。あなたが嫌いな『あなた』は、今まで必死にがんばって生きてきました。わたしの中の『わたし』もそうでした。必死に生きてきた自分の頭を、撫でてやって、抱きしめてやって、『今まで酷い扱いをしてごめんね、許してね』『がんばったね、ありがとう』『あなたのことが好きだよ、これから大事にするよ』と言ってあげて下さい」

「ずっと自分を嫌いでいた期間が長いと、それこそ何十年ものにもなると、なかなか自分のことって好きになれませんよね。だったら、あなたの大切な人、好きな人を思い浮かべてみて下さい。あなたがあなたのことを嫌いでいる限り、あなたはあなたの大切な人や好きな人たちのことを、心から愛することは出来ません。悲しくないですか? その人たちのことを心から愛して、上辺じゃなく大切にするために、どうか、自分のことを好きになってあげて下さい。愛してあげて下さい。」

 美優が今日言っていた言葉も書かれていた。彼女は、この本を読んだのか。タイトルを聞いても「忘れた!」とか言うから、表紙を見ても気づかなかった。確かに、すぐ忘れそうなタイトルではある。

「わたしは33歳になる年で、やっと『自分を愛すること』が大事なことであると気づきました。もしもこれを読んでいるあなたが、わたしより年上なら、今からでも全然遅くありません。人はいつからでもやり直せます。遅いことなんてないんです。
 そして、もしもこれを読んでいるあなたが、わたしより年下なら、今すぐに『自分を好きになる』努力をした方がいいと思います。なぜかって、わたし自身が『もっと早くやっとけば良かった!』って思ったからですよ。」

 そこには、自分を好きになるための、ごくごくありふれたことが書いてあった。

「料理を丁寧に作ってみて下さい。料理が苦手な方は、とびきり美味しくなくてもいいから、自分の体にいいものを入れて作ったものを、たくさん食べてみて下さい。たくさん楽しく作っていたら、いつか美味しいものができるかも。仕方なくイヤイヤ作り続ける料理なんて、きっといつまで経っても美味しくなりませんから。」

「掃除をしてみて下さい。部屋の乱れは心の乱れ、ってよく言われますが、その通りです。掃除なんて嫌いだって言う人は、身近なものを整頓してみるだけでいいです。逆に、ものすごーく汚れてるところをゴシゴシ磨くのも、気持ちいいかもしれません。『汚れた場所にいるのが平気な自分だった』ことが分かりますよ。」

「歩いてみて下さい。天気の良い日に、ちょっとそこまででもいいから。車や自転車では見えなかった景色が見えますよ。天気の悪い日に歩くと憂鬱になると言う人は、とにかく天気のいい日だけを選びましょうね。そのうち、曇っていても雨が降っても、歩くのが楽しくなるかも知れません。
 ほんとうは1時間くらい歩くのがいいんだけど、普段歩かない人は、そんなの面倒ですよね。だけどたくさん歩くと、脳から幸せな物質が自然に出てくるんですって。そう思うと、歩くのがワクワクしてきませんか?
 行きは楽しいけど帰りがめんどくさくなりそうな人は、自転車を引いて歩きましょう。行きだけ歩いて、帰りは自転車に乗って帰っちゃえばいいんです。これもまた、楽しいですよ。」

「よく、自分に声をかけてあげてください。無理しそうな自分には、『ちょっと休もうか』とか。不安で苦しい自分には『大丈夫だよ』とか。とにかく、自分をいたわってあげてください。他人からもらう優しさばっかり求めないこと。自分で自分に愛を注いでいれば、自然と周りからの愛も集まってきます。なぜかというと、自分に愛を注いでいると、周りの人にもその愛や優しさをあげたくなるから。それが巡り巡って自分へ還ってくるのです。情けは人のためならず、ですよ。
 誰かに嫌われないための、上辺の優しさなんてやめましょう。疲れちゃうから。だけど、自分を大事にした上での他人への優しさは、疲れないんです。ストレスも溜まらない。そういう優しさを、自分にも、他人にも、あげたいですよね。」

「これまで言ったことを、『でも…』『だって…』と言って拒否しようとする人は、きっとまだまだ、自分のことを嫌いでいたいのです。そういう方に無理強いはしません。この本をすぐにでも閉じて下さい。だけど、いつか『やっぱり自分を大事にしたいな』『好きになりたいな』と思ったら、また開いてみて下さいね。」


 単純、と言われるかもしれないが、わたしはこの本に書いてあることを、少しずつ実践し始めた。
 料理は元々好きだったけど、顆粒だしとか、もともと混ぜてある調味料とかをよく使っていたから、そういうものを最初からちゃんと作るようになった。
 初めてかつおぶしを煮てとったおだしで作った味噌汁は、なんか変な感じがしたけど、今は他の本も読んだり、いろいろ調べてやってみて、おいしくなったと思う。

 掃除なんて大嫌いだったけど、ゴミが出たらその辺に投げておかず、すぐゴミ箱に持っていくようになった。トイレを綺麗にするとお金が入るって聞いた事があるので、トイレをキレイにしてみた。思ったよりもずっとすっきりした。というか、こんな汚い所に毎日入っていて平気だったことに驚いた。

 天気のいい日、歩いてみた。田舎は車社会だから、「歩いて出かけた」なんて言うとものすごく変な人を見るような目で見られる。だけど、平気だった。楽しかった。
 あまりにも楽しくて、ものすごく寒い夕方に長時間歩いてみようとしたら、途中でおなかが痛くなってやめた。無理はしちゃダメだ。そういう事も考えられるようになった。
 昔だったら、「歩くのがいいって言われたんだから、自分に無理させてでも、歩かなくちゃ!」って思ってただろう。

 そうやって過ごしていても時々、やっぱり、口から「死ねばいいのに」って言葉が出ることもあった。自分に向かっての言葉だ。それが「口癖」だったことにも気づいた。うっかり言ってしまったら、「いや、生きてていいんだよ」って言うことにした。そういえばここ最近は、気をつけなくても「死ねばいいのに」って言わなくなった気がする。

「美人は不幸になる」とも思わなくなった。
 せっかく外見を褒めて頂いているのだから、それを利用して生きていけばいいと思い始めた。不思議なもので、そう思っていると、それを活用できるような話が舞い込んでくるものだ。「美人VSブス」の自分内対決もしなくなった。意味がないからだ。
 見た目の評価が高かろうが低かろうが、楽しそうに生きていて、笑顔が素敵な人はみんな総じて「美しい」。

「自分を好きになること」を始めたばっかりだから、まだまだ、足りない所はあるんだろうなーと思う。それでも、「好きになっていく過程」は確かに楽しい。


「なんかいいことあった?」
 久しぶりに会った美優に言われた。以前は、何か嫌なことがあるとすぐ美優の家に行って机に突っ伏していたが、彼女に会うのはもう3ヶ月ぶりくらいだった。
「ついに、ちゃんといい彼氏ができたとか。」
「あはは、残念ながら、それはないよ。でもねえ、いいパートナーを見つけたの」
「えっ! 彼氏じゃないの? 結婚するからってこと?」
「違う違う。う〜ん、ちょっと変なこと言うけど、自分を好きになってやろうって思ったら、自分を物凄く好いてくれる味方が常に自分の隣にいてくれるような気分になったの。24時間、毎日、自分の好きな人が隣にいる感じ。実体を持ったそういうパートナーも、ちゃんと現れてくれるといいんだけどね」
 美優はいつもの笑顔で「幸恵ちゃんなら絶対大丈夫だよ」と、相変わらず根拠のない後押しをしてくれた。
 だけど、きっと根拠なんていらないんだと思う。自分に自信を持つのに、根拠はいらない。人を好きになる時に、「○○が○○でこうだから、あの人が好き!」ってごちゃごちゃ言わないみたいに。
 好きなものは好きなのだ。


 わたしはまだ、「わたし」の途中にいる。未熟でいるという事は、なんて楽しいことなんだろう。これからもっともっと良くなれる、そういう気がする。不安や心配事は山ほど襲ってくる。悔しいことも、悲しいことも、過去に起きたたくさんの嫌なことも。だけど、きっと大丈夫だと思えるようになった。他人に埋めてもらうための空洞はもうない気がする。自分で、その場所に、何を詰めてやろうか必死だ。毎日いろんなことを考えてワクワクしている。


 蔑まれていると卑屈になっている日本の美人達よ、ネバーギブアップ! 諺や物語でどんなに悪く言われようとも、不幸にされようとも、気にしなくていい。
 自分を大切にし、他人を大切にできる人が、真に美しいとわたしは思う。

 年をとっても、若い者に「かっこいい」とか「美しい」とか言われるバアサンになりたいものだ。そのために、いつまでも、自分が自分を愛していなければ。


 だからあなたもどうか、ご自愛ください。







※作中に出てくる本は実在いたしません。ただし、作者が今まで出会った様々な文献や様々な人々の言葉を合わせて、自分なりに考えたことを書いております。
たくさんの先人達に感謝いたします。ありがとうございます。


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