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zoom RSS 短編小説【デイドリーム・ビジョン】

<<   作成日時 : 2007/04/08 23:35   >>

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ある同棲生活の話。

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【デイドリーム・ビジョン】



 何でこの人、血まみれなんだろう。


 ダンナが、鼻血を出して、顔に青タンをいっぱい作って、玄関先でぶっ倒れていた。
 ふつう奥さんならば慌てて取り乱して、「大丈夫!?」とか言って駆け寄るべきなのだろうけど、何しろ今回が初めてではないので、いい加減にあたしは慣れきってしまっていた。


 いつもいつも、何で血まみれなんだろう、この人。


「……う、つ〜……ま、ゆ……」
 ああ、痛そう。そうだ、手当てしなきゃ。慣れきった心を必死で奮い立たせる。
 あたしの大事なケンちゃん。
「どうしたの? 今度は誰に殴られたの?」
 かがみ込んで、ケンちゃんの口元から流れる血をそっと指先でぬぐう。ケンちゃんは少し潤んだ目をこちらに向けて、
「……ごめんなさい。オレが、悪いんだ」
 と、いつもの台詞を、言った。



 ケンちゃんが、お金を稼ぐ為にあまり良くない人たちとつき合っている事は、知っていた。だからきっと、こんな風に何度も血まみれになるのは、その人たちの所為なんだろうなといつも思う。
「そんな目に遭うならやめて」と何度も言ったけど、ケンちゃんはいつも「大丈夫、大丈夫」と言っていた。

 そしていつも、玄関先で顔を血まみれにして、倒れているのだった。



「痛って……」
 すり傷の所に消毒液を塗ると、ケンちゃんは体をすくませて情けない声を出した。
「ガマンして。バイキン入ったら、大変でしょ」
 まるで子供に言うみたいにあたしがそう言うと、ケンちゃんは黙りこくった。顔はときどき、痛みに歪んでたけど。
「……ねえ、ケンちゃん。あたし、風俗でも何でも、働くよ。もうやめようよ」
「ダメ。真由に、風俗でなんか働いて欲しくないもん」
 いつもこうだ。あたし自身は、全然構わないと思っているのに。
「じゃあせめて、ケンちゃん、ふつうのバイトしてよ。お金なんか、そんなに沢山稼がなくたっていいよ」
「うそつき。真由、貧乏キライじゃん。お金ないと、ストレスたまっておかしくなるじゃん」
「…………」
「気にしなくていいよ。オレ、ぜったい、死なないから」
 ぼろぼろの顔で、ケンちゃんはにっこり笑った。
 あたしはいつも、この笑顔と言葉で、丸め込まれるのだった。




 あたしは、ケンちゃんに飼われている。

 風俗だけでなく、全てのアルバイトに出ることを、彼に禁止されているのだ。理由は、「真由が他の男に取られたら大変だから」。あたしもあたしで、簡単に金が稼げないバイトなんかしたくないので、風俗以外で働く気がない。
 ケンちゃんは今年31歳で、あたしは25歳。ふたりとも就職する気は無い。親からは、どちらもとうに見放されていた。

 それでもあたしは構わなかった。大好きなケンちゃんと一緒にいられれば。

 そうして今日もあたしは、ケンちゃんの家に閉じこもっている。
 今日はケンちゃんが血まみれで帰ってきませんように、って、祈りながら。









 夢を、見た。


 映画館みたいな場所にいる。
 真っ暗な部屋で、白く光る四角いモニターが、目の前にある。
 音声のない映像が流れている。
 なぜか、ケンちゃんが出ていた。

 ケンちゃんは、誰かから逃げているようだった。
 音は聴こえなかったけど、口の形が、「ごめんなさい」と動いていた。

 するといきなり、ケンちゃんがぶっとばされた。

 壁にぶつかって、そのまま床に倒れる。

 更にその体を、誰かがめちゃくちゃに蹴り始めた。

 蹴る、というより、踏みつけている感じだった。

 蹴っている足がよく見えない。何度も何度も、容赦なく、ケンちゃんの顔を、お腹を、体中を踏みつけている。

 やめて。ケンちゃん、死んじゃう。この人、ケンちゃんを殺す気だ。

 蹴り続ける勢いは止まらない。

 あたしはモニターに駆け寄って、ドンドンと画面を叩きながら、叫び続けた。



 やめて、やめて、やめて、やめて。




 やめてよ!!





 そこで、目が覚めた。







 またケンちゃんが、足元で転がっていた。
 いつもの玄関先で。鼻血を流して。お腹を押さえて。
 ひゅう、ひゅうと、呼吸の音が聞こえる。

 よかった。ケンちゃん、生きてる。

 安心して、涙がにじんだ。
 あたしはひざまずいて、またケンちゃんの血を拭おうとする。


 そこで気づいた。



 家から一度も出ていない筈なのに、自分が、靴を履いている事を。



 え、何で。



 先ほど見た夢が、フラッシュバックする。

 はっきり見えなかった足。



 ………あれ、



 頭の中で、足の動きが、スローモーションになる。



 ………あれ、


 ………あたしの、






 あたしの足






「…………あたし?」
 その言葉に反応するように、ケンちゃんはゆっくりと目を開け、こちらを見た。長い睫毛が、涙で濡れている。
 ま、ゆ、と、唇が動いた。
「ケンちゃん、……あたし?」
「……何、が」
 絞り出すような、声だった。
「ケンちゃんを、血まみれに、してるの」
 動揺している筈なのに、言葉は淡々と、口から零れてきた。
 ケンちゃんはしばらく黙った後、少し視線を外して、
「……ちがうよ」
 と、言った。
 ケンちゃんは嘘をつく時、必ず視線を外すことを、あたしは知っていた。
「いいよ、ケンちゃん。あたしさっき、夢で見たの。ケンちゃんが、めちゃくちゃに蹴られてる夢。見てる時は分からなかったけど、さっき、思い出した。ケンちゃんを蹴ってる足は、確かに、あたしの足だった」
「…………」
「……ケンちゃん。あたしのこと、嫌い?」
 我ながら素っ頓狂な質問だと、言った後に思った。
「…………ううん」
 ケンちゃんの答えは、分かりきっていたことだった。
 分かっていたのに、あえて、あたしは聞いたのだ。
 どうしてさっき、ケンちゃんは嘘をついたのか。その理由を考えれば、あたしの質問の答えなど、分かりきったことだった。
 ケンちゃんは、あたしをかばう為に、嘘をついたのだ。
 人は嘘をついてまで、嫌いな人間をかばおうとはしない。
 と、思う。
「ケンちゃん、手当、しよう」
 そう言ってケンちゃんの手を取ると、彼はゆっくりと立ち上がった。そしてとぼとぼと、あたしの後をついてくる。
 まるで犬みたいだ、と、思った。





 あたしはケンちゃんを後ろから抱っこしながら、彼の傷を消毒してあげた。
 自分で付けた、傷を。
 ケンちゃんはずっとうつむいて、一言も喋らなかった。
「ケンちゃん」
「…………」
「ごめんね」
「…………」
「あたし、何であんな事したのか、自分でも分かんないよ。覚えてないの。『夢で見た』って言ったけど、そんなの今日が初めてだし。でも今まで、ずっと、あたしは今日みたいなことをしてきたんでしょ?」
「…………」
 沈黙が、あたしの言葉を肯定していた。

 いつから、だろう。
 もしかして、良くないお友達につけられた傷などなくて、今までのすべて、あたしの仕業かも知れない。
 どうしてだろう。
 ケンちゃんが好きなのに。
 大好きなのに。

 あたしは、ケンちゃんを抱きしめる腕に、力を込めた。

「ケンちゃん、あたし…………出て行こうか?」
「いやだ」
 ずっと黙っていたケンちゃんが、やっと言葉を発した。こんなにはっきりケンちゃんが物を言うのは久しぶりなんじゃないかなあ、って思うくらい、彼ははっきりと言った。
「でも……」
「いやだ。いやだよ」
 駄々をこねる子供みたいにケンちゃんはそう言って、あたしのお腹に顔をおしつけて抱きついてきた。
 あたしはその頭を、ゆっくりとなでる。
 さらさらの猫っ毛。
 この猫っ毛も、小さな頭も、長い睫毛も、抱きついてくる頼りない腕も。
 すべてが好きなのに。
「…………あたしだって、いやだよ。ケンちゃんのこと、殴ったり蹴ったり、したくないもん。でも、どうしたらしなくなるのか、分からないの。だから」
「いやだ。オレはいいんだ。だって、オレが悪いんだもん」
「何で? ケンちゃんはいつもそう。何が、ケンちゃんのせいなのよ」
 また、涙がにじんできた。
「だって、オレがこんな家に閉じ込めてるから、真由はあんな風になっちゃうんだろ? でもオレは、殴られてもいいから、真由のこと独り占めしたいんだ。だって殴ってない時の真由は、オレの大好きな真由だから」
 声が震えていた。泣いて、いるのかな。
 あたしは黙って、ケンちゃんの頭をなで続けた。
「……真由、オレのこと、きらい?」
 顔を上げたケンちゃんの瞳が、まっすぐあたしを射抜いた。とても透き通った、きれいな目立った。
「ううん。……すき」
「じゃあ、ずっとここにいてよ。オレのそばにいて。出てくなんて、言わないで」
「……………………うん」
 あたしはそっと、ケンちゃんの唇に口づけた。
 少し、血の味がした。


 ああ、こんなに、こんなに愛おしいのに。
 どうしてあたしはこの人を、こんなになるまで、傷つけてしまうのだろう。


 でも、こんなあたしでも、ケンちゃんが望むなら、ずっとそばに、いるよ。


 殴る自分が、どうして殴るのか、わからないけど。どうやったら止められるのかも、判らないけど。



 あたしが、あたしでいる間は、あなたのこと、とても大切にするよ。








 あなたをとても、愛すよ。
 





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