妄想。

アクセスカウンタ

zoom RSS 短編小説【ヨーグルト】

<<   作成日時 : 2007/03/30 03:19   >>

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

ある28歳女性の話。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

【ヨーグルト】



 8年ぶりに人を好きになった。
 8年、って言ったらすごい。
 0歳の子供は小学3年生に、20歳のわたしは28歳になる年月である。

 別に28歳になるまで、全然男の人と何もなかった訳ではなかった。それなりに付き合ったりもしたし、付き合わなくてもセックスしたりとかも、してた。
 それなりに。
 でも、好きで好きでどうしようもなくて、今すぐ走り出したい! って程の恋愛はしなかった。28歳にもなってそんな恋愛してる方がおかしいかも知れないけど、8年前のわたしは、まだ20歳である。周りには、“走り出したい!”恋愛をしてる人たちが、周りにゴロゴロいた。それでもわたしは、その仲間には入らなかった。いや、正しくは、「入れなかった」。
 男に興味なかったとか、夢に向かって一直線だったとか、そういう話じゃない。


 単純な話だ。恋人が死んだのである。


 孝志は、ごくごくフツーの人だった。何を以て彼を「フツー」と言っているのかはわたしにも判らないが、それしか、彼を言い表す言葉が見つからない。
 顔が特別カッコいい訳でもないし、かといって不細工でもない。身長が高い訳でもなければ低い訳でもない。芸能人にも似てない。声も高すぎず低すぎず。

 いわゆる、“特徴のない人”だった。


 それでもなんか、彼には彼にしかない「オーラ」があった。当時のわたしはそのオーラにのめり込み、夢中になり、それこそ好きで好きでどうしようもなくて走り出したい感じだった。孝志もわりとそんな感じでわたしに夢中になってくれて、彼はよく夜中に、走り出してわたしに会いに来たりしてたもんである。


 そしてそうやって走っていたら、車に轢かれたのだ。


 私の家に向かう途中だったらしい。出会い頭の事故。なんか、事故の仕方まで特徴がない。死んだのに、すごく怒りが湧いてきた。
 そんなつまんない事故で死ぬなよ。
 わたしに会いにくるくらいで死ぬなよ。
 訃報を伝えてくれた彼の母親からの電話を切った後、わたしは部屋に戻り、怒りにまかせて部屋中をめちゃくちゃにした。
 騒ぎを聞きつけた母が部屋にやってきて、「どうしたの!」と聞いてきて、初めてそこで悲しくなった。
 怒られて、泣きながら言い訳してる子供みたいな不明瞭な声でなんか言った後、わたしは泣き出した。


 泣き疲れて目覚めると、いつもの朝だった。孝志が死んだのは夢だったんじゃないかな、と思って、ふと日めくりをみた。
 3月31日。昨日の日付だ。ということは今日が、エイプリルフール。
 孝志のお母さんが、1日まちがえて、わたしに冗談を言ってきたんじゃないかな、なんて考えた。


 そんなわけはなかった。


 大学に行くと、友達がこぞってやって来て、「大丈夫!?」とか「畑中君が……!」とか言ってきた。
 あー、やめてやめて。現実突きつけないで。っつーか、デリカシーのねえ奴らだな。いちいちそんなこと言ってくんじゃねえよ。
 わたしはその日1日中、「大丈夫」とニコニコ笑顔付で言わなければならない任務を与えられてしまった。
 いや、次の日も、次の日も、みんなが忘れてくれるまで、その任務はしばらく続いた。

 孝志がひょっこり出て来て、「任務ご苦労」とかつまんないこと言ってくんないかな、とか考えてた。


 もちろん孝志は現れなくて、わたしはまた、孝志に対して怒りが湧いてきた。
 何でわたしはこの歳で、恋人が死んだトラウマとか背負わなきゃいけないわけ?
 そんなの、ドラマや小説の話だと思ってたのに。いや、現実にもあるって分かってたけど、自分にふりかかる訳はないって思ってたのに。

 若さ故に、当時は、孝志といつか結婚するんだろうなあ、って思ってた。
 結婚できないとしても、ありきたりな別れ方をして、次の恋をして、いつかフツーに結婚するんだろうと思っていた。孝志とでも、孝志とじゃなくても、25〜6くらいには。

 でも、でも、恋人になんか死なれちゃったら、わたし、恋できなくなるじゃん!
 何それ! わたしに何の恨みがあるわけ!? 孝志!!
 “ごくごくフツー”とか思われてるのがムカついて、あえて“フツーじゃない”別れ方をしてみたとか!? バカじゃないの!! ああもう!!


 ……とか思ってたら、いつの間にか28歳になってしまっていた。



 なにしろ恋人が死んだのだ。誰と付き合っても、つい「この人も死ぬかも」とか思ってしまう。そうなったらもう駄目だ。冷める、というより、体が夢中になるのを拒否してる、って感じだった。そしたらセックスも痛いし、かといってデートしてもなんか冷めちゃうし、そんなわたしに男の人は愛想を尽かして、みんな離れていった。
「頼子って何でそんなに冷たいの」と聞かれた事もある。
「むかし恋人が死んだんです」とは、口が裂けても言えなかった。なんか、言えなかった。それを言ったら、“トラウマを売りにして恋愛を求めてる痛い女”になっちゃう気がして。
 あと、トラウマを売りにして、すごく自分に夢中になられたらどうしよう、とか考えたりして。今思うとバカだけど。

 孝志に対して怒りもあったけど、時々、ひょっとして孝志はわたしのせいで死んだんじゃないかな、とも思っていた。
 あの日、わたしの家に向かわなければ、孝志は今日も生きてたんじゃないかな。
 好きで好きで今すぐ会いたいってくらいに、わたしの事を好きじゃなければ。

 だから、猛烈にアプローチしてくる人には、物凄くひどい振り方をした。わたしに夢中になったら、この人も死んでしまう、と思って。それこそ恨まれて、ストーカーまがいの事をされるくらい、ひどい振り方をした。それでもわたしは、「これも孝志を死なせた罰かもな」と、真っ暗な部屋で震えながらも、冷静に考えていた。



 夢中になれない、夢中にならせない、という事ばかり考えていたら、とうとう「好きです」と言ってくる人もいなくなり、1年前から「彼氏」と呼べる人もいなくなってしまった。

 ああ、もう一生恋なんて出来ないかもしれないなあ。
 とか考えながら、会社の屋上で煙草をふかしていたら、突然、してしまった。


「死人みてーな顔してる」
 彼はわたしに、そう言った。
 年齢は2個下、会社的には1年後輩の、河上君だった。
「あなたに言われたくないわね」
 完徹で目の下にクマ作って、顔も土気色で、おまけに病的に痩せている彼は、わたしに「死人」とか言える身分ではなかった。
「いや、俺はどっちかっつーと、ゾンビ系なんで」
 意味の分からない事を言いながら、彼はヘラッと笑った。
「北嶋さん、知ってます? ゾンビって、死人が『生きたい、生きたい』って気持ちでもって動いてるモンだから、すげー生命力に満ち溢れてるんですよ」
「わたしは生命力に満ち溢れてないって言いたいの?」
「うん。死人」
 なんかイライラした。こんな失礼なことを言われたらイライラするのは当たり前かもしれないけど、でも、わたしにとっては、ちょっと珍しい事だった。
 孝志が死んでから、わたしは“熱っぽい”感情をあまり持たなくなっていた。
 だから、恋心も芽生えなかったし、怒る、という事もあまりしなかった。
 きっと孝志が死ぬ時に、私の心も死んじゃったのかもしれないなあ、とずっと考えていた。
「……まあ、昨日おそくまで仕事してたからね」
 ため息を隠すように、煙草の煙を吐く。イライラしてるのも、誤摩化したかった。
「いや、今日に限んないっすよ? いつも」
「はあ!? そんな訳ないでしょ、いつもわたし、同僚やらパートのおばちゃんやらに『いつもニコニコ明るくていいですねえ』って言われてるのよ!」
 そしてそう言われるのが、わたしの自慢だった。“昔、恋人を亡くした人”っぽく見えない自分を、わたしは誇りに思っていたのだ。
 わたしの剣幕に全然たじろぎもせず、河上君は頬をポリポリ掻きながら続けた。
「いや、だから。ニコニコしてるくせに全然生気のない顔してるから、変な人だなあと思ってずっと見てました」
 言葉を、失った。
「休み時間、お邪魔してすいませんでした」
 呆気にとられてるわたしに構わず、彼は軽く会釈をして、スタスタと屋上から出て行った。

「……なんだ、それ」
 気づけば煙草はすっかり短くなって、シケモクみたいになっていた。
「……あ〜、……しまった」
 鼓動が激しい。キツい煙草を吸っているせいだけじゃない、と思う。
 たぶん、好きになった。
 多分あの、“ヘラッと笑った”あたりから。



 わたしはずっと、今度もし本当に好きな人が出来たら、絶対にすぐ想いを打ち明けようと思っていた。
 誰もかも、いつ死ぬか分からないから。
 付き合っていた人が死ぬのもつらいが、片想いの人が告白前に死ぬとか、もうありえない位つらいだろ! と思ったから。

「北嶋さん。今日飲み行きましょうよ」
「えっ? あ、うん」
 しかし、現実は残酷である。“教育係”として比較的わたしに懐いてくれている河上君は、よくこうやってわたしを飲みに誘ってくれていたのだが、わたしは酒の勢いを借りてすら、彼に告白する事は出来なかった。
 時間とは残酷である。わたしはこの8年間に、「恋の仕方」というものを全くもって忘れてしまったらしい。


「ここ、俺んちなんですよ」
 ある日の飲み帰り、わりと小綺麗なアパートの前で、河上君は突然そう言った。
「そうなの!? すごい近いじゃない。河上君、いつもわたしん家まで送ってくれるから、もっと遠いのかと思った。じゃ、お疲れ様」
「いや、女性を送ってから家に帰るのが、礼儀でしょ」
「え、いいよいいよ。わたしん家まで行って、またここまで帰ってくるの面倒でしょ」
「そんな事ないっすよ。送ります」
 そう言って歩き出そうとする河上君の腕を、あわてて掴んだ。
 一瞬、どきどきしてんのが伝わったらどうしよう、とか思った。
「いいから。ここが家だって知って、そんな事してもらえないよ」
「でも」
「心配しなくても大丈夫! あ、そんな心配なら、あの、タクシーで帰るから」
 そう言ってわたしは、酔っぱらってるくせに物凄くてきぱきとタクシーをつかまえ、急いで乗り込んだ。
「じゃ、お疲れさまー」
 河上君はまだ何か言いたそうだったが、小さく「お疲れさまです」と言ったので、わたしはタクシーを走らせた。
 出発して、車が角を曲がった所で、わたしは「ああぁ……」とうめき声を上げ、両手で顔を押さえた。



 この8年間というもの、わたしは男の人に告白されてばかりだったので、自分から想いを伝えるには、どうしていいかわからなかった。
 そんな事で悩んでる場合か! もう28なのに。
 しかも相手は、特徴のない孝志をはるかに超える勢いで「死にそう」な、河上君である。
 嫌だ。片想いのまま死なれるのは困る。せめて、告白してから死んでくれ。



 なんてことを考えながら日々を過ごしていたら、突然、河上君が会社に来なくなった。彼のデスク横でコピーをとっていたら、周りの男性社員たちが、わたしの一番気になっている話題をし始めた。
「河上君、長いなあ」
「あー、風邪って言ってましたけどねえ。確かに長いっすね。インフルだったりして」
「河上君カラダ弱そうだから、死んじゃってたりしてねえ」
 ハハハ、と彼らは談笑していたが、わたしはものすごく強ばった顔で、穴があきそうなほどコピー機を見つめていた。
 冗談じゃない。死なれてもらっちゃ困る。



 会社を定時に上がって、何故かコンビニでヨーグルトを買い、わたしは急いで彼の家に行った。もう、走った。好きで好きでどうしようもないって感じで、走った。
 後で冷静に考えたら、タクシー使えば良かったのだけど、とにかく走った。



「……は〜い……」
 ドアチャイムを鳴らすと、いつもより3割増で死にそうな顔の河上君が、ボサボサの髪で出てきた。
「……きたじまさん?」
 熱で潤んだ目で、彼はわたしの顔をまじまじと見つめた。返事が出来なかった。
 ドキドキして、ってのもあったけど、どっちかというと、走って息が切れて。
 すうっと息を吸い込んで、わたしは持っていたコンビニ袋を突き出した。
「……なに、これ」
「……ヨーグルト」
「は?」
「……死なないで」
「え?」
「……死なないで、ください」
 バカかわたしは。告白しにきた筈なのに。自分で自分のバカさ加減に、ポロポロ涙が出てきた。
 わたしは泣いているというのに、河上君は、何故か吹き出して笑い出した。そして更に、何故かわたしの頭を包んで、ぎゅっと抱きしめてきた。
「それでヨーグルト? 体にいいから? バカですね、北嶋さん」
 バカですねって言われてるのに、怒りよりも涙が込み上げてきた。
「あー、びっくりした。夢かと思った。現実だ」
 わたしの後ろ頭を撫でながら、河上君は安堵のため息をもらした。
「……ゆめ?」
「うん、北嶋さんに会いたいなあって思って、寝てたから」
「……いみが、わかんない」
「イヤ俺ね、昔、彼女が死んだんすよ」
 さらっと、本当にこれ以上ないくらいさらっと、彼は言った。
「……え」
「だから、今度好きな人が出来たら、いつ死んじゃうか分かんないから、すぐ好きって言おうって思ってて」
 わたしも、わたしもだよ、と言おうとしたが、声にならない。
「思ってたら、風邪引いて、高熱出すでしょ。動けないし、病院にも行けないし、あー、このまま死んだらどうしよう、って思ってたら、北嶋さんが来た」
 ぱっと体を離して、ぱちぱちとまばたきをしながら、わたしは河上君を見上げた。
 涙は止まっていた。
「……どういうこと?」
「あー、もう、いいです。どうぞ、上がって下さい。そちらの話は中で聞きますから。ハナ真っ赤だし、顔すげー冷たいし。ていうか、走ってきたんですか?」
「あ、う〜〜……」
 言葉が出てこなくて、赤ちゃんみたいなうめき声を出してしまった。
 でももしかしたら、孝志が死んだ時に死んだわたしの心は、今ここで生まれ変わったのかもしれない。


 とりあえず落ち着いて、また28歳のわたしが戻ってきたら、まず「好きです」って言おう。


 ヨーグルトでも、食べながら。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

↓小説を気に入って下さったらクリックよろしくお願いします
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
面白い 面白い 面白い
ガッツ(がんばれ!)

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
短編小説【ヨーグルト】 妄想。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる